Beds

2018

大手前大学の井之上先生、心から感謝しています。竹の魅力は無限大です!

[24, 10, 2016]

平和公園でも紹介されている原爆落下中心部の浦上川で火遊びして警察から注意されていた罰当たりな大学生集団、可燃ゴミを好き勝手に捨て続ける長崎大学生、受け入れてくれた大学への恩知らずが!恥を知れ。

Around Hostel Nedoko, you can see many beautiful river side views like all photos taken by owner on this web site.

hostel nedoko, Sara

Facilities
japan,hostel,guesthouse

2020

                                        https://hostelnedoko.com                                                

差別に勝つ芸術作品が人生に欠かせない


ホステルネドコは年齢制限を設けており、理由は複数あります。

「値段が安いし、泊まれればドコデモイイので」と年齢制限を無視して再交渉してくる障がい者も健常者も一様に迷惑です。年齢制限を含む差別自体を軽蔑する人間が正しいなら毎日同じ服装で、毎日同じ栄養補給で、毎日絶対音感で発言しない限りは矛盾が生じます。この理由は以下の通り色分けで説明致します。


薬が要る軽度知的障がい者による妨害

2020年1月、日常生活に飲薬治療が欠かせない軽度知的障がい者より、年齢制限を設けるホステルネドコ運営者は『差別主義者ですね』と夜間外で直接罵声を伴う抗議を受けましたが、税金から常に守られている障がい者側からの『健常者なら万能だと決めつけ軽蔑する差別』は障がい者の特権で免除ですか?あの軽度知的障がい者の目線に合わせるならば、未成年の夜間外出禁止条例や料亭の一見さんお断り文化なども大声でののしられるに値する差別にあたります。運営都合上の理由は譲れません。日本で未成年は飲酒不可と定める理由を譲れないことと同じです。


軽度の知的障がい者はスマホを使いこなして独り旅も可能ですが、事業者が可能なことと不可能なことの差を一切理解してもらえず誠に残念でした。働いても働かなくても生活が守られた立場の人に個人事業主の苦労が理解できるわけないです。それを平気で無視できるのが軽度の知的障がい者です。ここで著者が示す『薬が要る軽度知的障がい者』とは、違法薬物に手を出し社会で他人に迷惑をかける犯罪者となった元健常者も含む意味です。


およそ30年前の義務教育母校では「差別と言わずに区別と言い換えましょう」と教わりましたが、社会でプロの芸術家と生活するうちに気付いたのは『例えば音楽芸術がクラシック界だけだと制限したならメタルバンドも生まれることなく数百年後の日本ではアニメーション主題歌さえ存在しなかったということ』です。クラシック音楽界に違和感を持ち差別化を実行した人たちの感性からロックミュージックが生まれたと私は解釈してきました。そもそも紳士淑女のクラシック音楽だって異国の民族音楽を差別していたのでは?とも思います。時代と世代が薄めていくだけで、最初に生んだ人にしか理解できないセンスを後に続いて知ったかぶりしている大勢が勝手に批評したところで『真に差別化を否定するなら、自分で裁縫したオリジナル被服で、自分で畜産農業加工した栄養分で、そして自分の声色で絶対音感を外さずに喋る意思表示を厳守』しない限り『差別化を図り誰かと競って勝利した他人の商品に頼って生きている事実』に矛盾しています。

以上の通り、差別化がなければ芸術の多様性は生まれなかったのは当たり前なので、軽蔑を伴わない差別化は文化的に必要だとホステルネドコは主張しておきます。芸術界の歴史を学んでおきながら差別化を否定する奴を芸大から卒業させるな馬鹿馬鹿しい。美術界にも音楽界にもダンス界にも無礼極まりない。


そう反論する著者は、軽度の知的障害者と『平等に接することが大事だと諦めない』からです。この気持ちを一般人が失えば、手間のかかる正しい治療薬は開発されず、単に知的障がい者の自我を押さえ込むだけの投薬治療開発のみになってしまうでしょうから。その結果、差別化が社会の発展に繋がることが理解できない軽度の知的障がい者が増えるという悪循環になります。しかし結局、闘病中の揉め事は健常者側が負けて傷つくだけです。なぜなら傷ついても健常なら病院から投薬治療されることは無いからです。日本では健常者が一番損をして当たり前なのです。

見えない負傷は常に平等。個人努力も平等。

ホステルネドコの代表(著者)は、一泊一人4万円の有名老舗旅館や奥飛騨の厳しくも美しい温泉旅館の仕込みから清掃点検、そして伊藤博文が候補を出し名付けられた老舗料亭での勤務まで経て、価格設定の方向性が180度違うドミトリー運営を始めました。おそらく世界中探してもこんな変わり者は少数だと思います。

経験した職場は、どこも普通の人が突然初めて働けるような所ではありませんでした。しかし私はスタートと同時に完璧さを求められました。高価な代金に相応しく働く義務があったからです。

その経験を経た一方で、安価で儲けも少ないドミトリー運営に対して特別な想いも無しにわざわざ営業してると思い込んでいる我の強い人達が「泊まれるならドコデモイイ」と言って来ましたが、最近では自由なスリルや安売、無理に合法化した無法地帯の宿を選ぶことで『社会経験を積んだ気になれるプログラム』サービスが世界中で販売されていますので、売り上げが減少してもワガママを要求する消費者が分散された今に感謝するしかないとホステルネドコは思っています。しかし社会で苦労と勝利を両方経験しない限りは物事の価値を理解できないのが人間です。それは健常者も障がい者も同じ境遇です。/投稿:2018年11月22日より